<良い研究をするために、とにかく最初にたくさん実験して腕を鍛えることのススメ>
研究をうまく進めるためには、頭と腕の両輪が必要です。頭については、たくさん論文を読み、いろんなイケてる研究者のセミナーを聞き、ラボ内外でのネットワークを積極的に作り、知識や考え方、研究のコツ、センスを身につけ、どんどん洗練させていくことが大事でしょう。積み上げた経験からの思考も非常に大事です。
と同時に、生物学の実験科学者である以上、まずは一番に、様々な実験手法に習熟しなければなりません。実のところ、それなりに経験を積んで実験が上手くなり、いわゆる「手が安定している」状態にならないと、良いデータは出ません。
この良いデータというのは、仮説として考えていた結果にせよ、考えていなかった結果にせよ、はっきりとした結果が得られるデータ、のことです。例えばある試薬を加えた場合に細胞増殖が低下すると予想したが、実験した結果、実際には細胞増殖に影響がなかった、という結果が出た場合。ぱっと見、ちょっとガッカリしますよね。しかし実はそれはガッカリすべきデータではなく、一歩前進です。最初の仮説通りにはならなかったわけですが、複数回実験を繰り返し同じ結果が出るのであれば、それはそれで「この試薬は細胞の増殖に影響を与えない」という立派な結果なのです。細胞増殖に影響が出なかったけど、その奥に、もっとすごい成果が隠れている可能性も大いにあり、今回の結果を元手に、次の一手となる新たな実験を考え、先に進むことが出来ます。そして、実は予想が外れた時こそ、予想外の良い研究が生まれる可能性も高まるのです。
しかし、実験者の手が安定しないうちは、どちらかよくわからない、実験の回ごとに結果が異なるデータ(例えば上記の例で行けば、試薬を加えると、1回目は増殖が増え、2回目は減り、3回目は変わらなかった、など、ばらつきの大きい結果)、というのが、どういう実験をやっても多く出ます。こういう時期は、色々頑張って実験しても、どれもこれも、1回目、2回目、3回目とやるたびに結果が違うことが多く、時には滅入ってしまうこともあるでしょう。この、よくわからない失敗の沼にはまってしまう時期が、大学院生時代としては一番苦しい時期ではないでしょうか。
では、早く、きちんとしたデータを積み重ねられるようになり、おもろい研究を進め完成させて、おもろい論文を出すにはどうすればよいのか??
まず、研究の目的をよく考えて実験計画をつくる(ここは三浦とよく相談)、細かいプロトコールについて先輩とよく相談して詰めてから実験を始める、毎回コントロール(対照群)を必ず置く(Negative controlは必須、positive controlは置けないこともあるができれば置く)、データの整理・評価をきちんと行うのは必須です(実験だけやってデータを良く見ていない人も居ますが、じっくり見て考えましょう。考察までが実験です)。
それらをやっている前提で、どうすれば実験が上手になるのか。
結論としては、これをやればすぐ手がきれいになるよ、というものは残念ながらありません。とにかくたくさん実験量をこなす、先輩のテクをよく観察して盗む、実験見せてもらう、どうしてもうまくいかなければ先輩に泣きついて一緒に実験して、悪いところを指摘してもらう、これをひたすら繰り返すこと以外に良い方法は無いと思います(あったらぜひ教えて下さい)。改善点を探しながら半年・1年実験を進めていると、ある日急にスッと自転車に乗れるようになったが如く、自分のスキルがレベルアップしたことを実感するでしょう。(これは階段を登ったと表現されることもあります。博士課程を卒業するまでには数回経験するのではないでしょうか。)
早い人は半年でそれなりのテクになりますし、だらだら実験やっている場合は、2年経ってもイマイチ手は安定しません。そうすると、やっている本人もいつまで経っても研究が進まないので、せっかく夢を描いて始めたはずが、なかなか思うようにデータが出ず、面白くなくなってきてしまいます。この「失敗の沼」の時代が長引くと、最初思っていたのと違ったということで、研究者の道を諦める、ということにも繋がるわけです。
ということで、良い研究を進めるためは、とにかく「失敗の沼からできる限りはやく脱出する」のが大事だと言えます。そのためには、研究生活スタート時の1−2年のダッシュ、いかに集中して実験量をこなすかが、極めて大事だと言えます。ということで皆さん、たくさん実験しましょう(もちろん目的に沿ったしっかりとした実験計画の元、お願いします。)
また、腕と頭は両輪ですので、ミーティングでたくさん考えてたくさん質問して頭を鍛えましょう。うたた寝していたら注意します。ミーティング・論文セミナーでは、一人一回の質問はマストです。大学内のセミナーは大事な自己アピールの場です。積極的に質問してください。
ちなみに私はもともと注意力が高いわけでも手先が器用でも無いので、研究生活スタート時の実験テクニックは恐ろしく低かったですが、かなりの量の実験をこなした結果、1年でまあまあ、2年でそれなりに上手になり、3年でかなり上手になりました。修士1年目に下手すぎてやめた方が良いのではないかと思い悩み、師匠の山中伸弥先生に相談したところ、実験が好きならば向いている、「石の上にも3年」で頑張れ、と言われたのですが、まさにその通りだった次第です。もとが不器用でも一所懸命頑張れば、それなりのスピードで上達することでしょう。